皆さん、お月見っていつから始まったかご存知ですか?
秋の風物詩としておなじみですが、実はその歴史はとっても奥深いんです。
子どもたちと一緒に楽しむイベントとしてもぴったりのお月見ですが、そのルーツを知ると、さらに楽しみが増えますよ。
今回は、そんなお月見の起源や由来について、分かりやすくお話ししていきますね。
これを読んだら、今年のお月見がもっと特別なものになること間違いなしです!
Contents
お月見のルーツは「秋の収穫に感謝する伝統行事」
お月見といえば、やっぱり美しい満月を眺める秋の風物詩を思い浮かべますよね。
でも、実はその背後にはとても深い意味があるんです。
古代の月愛でる風習から始まったお月見
お月見のルーツをたどると、古代の日本人が月を愛でる風習に行きつきます。
昔の人々は、月を見上げながら自然の神秘に思いを馳せ、特別な存在として月を崇めていました。
今みたいに街の明かりがなかった時代、夜空に輝く月はまさに神秘そのものだったんでしょうね。
でも、私たちがよく知っている「名月の日に月を観賞する」というお月見の形は、実は平安時代に中国から伝わったものなんです。
当時の日本では、貴族たちが庭園で「観月の宴」を開き、月を眺めながら詩を詠んだり、音楽を楽しんだりしていました。
風雅を楽しむ優雅な時間を過ごすのが、お月見の始まりだったんですね。
平安時代の優雅な観月の宴
月明かりに照らされた美しい庭園で、彼らはお酒を酌み交わしながら、琴や笛の音色に耳を傾けていました。
月が水面に映る様子を見て、その美しさを詩に詠むなんて、なんともロマンチックですよね。
貴族たちは、月をただ眺めるだけではなく、季節の食べ物やお酒を楽しみながら、月の神様に感謝の気持ちを捧げていました。
これが、今日の私たちのお月見の原型になっているんです。
江戸時代に広がったお月見の風習
そんな優雅なお月見が、時代が進むにつれて庶民の間にも広がっていきます。
特に江戸時代になると、お月見は庶民にも定着し、秋の収穫物をお供えしながら月を眺める風習が盛んになりました。
江戸の町では、あちらこちらで家族や友人と一緒に月見を楽しむ光景が見られるようになったんです。
江戸時代の人々は、収穫したばかりの芋類や米、豆などをお供えし、豊かな実りに感謝しました。
お月様に供えるものといえば、月見だんごやすすきも欠かせません。
どれも秋の豊かさを象徴するものばかりで、季節の移ろいを感じながら、みんなでお月見を楽しんだんですね。
十五夜・十三夜・十日夜
お月見といえば、一般的に「十五夜」を指しますが、実はそれ以外にも「十三夜」や「十日夜(とおかんや)」というお月見の日があるのをご存知ですか?
それぞれの月見には独自の由来があり、日本ならではの文化が感じられます。
- 十五夜/中秋の名月:2024年9月17日(旧暦8月15日)
- 2024年の十五夜は9月17日です。
この日は旧暦8月15日にあたるため、「中秋の名月」として知られています。
平安時代から続く伝統行事であり、美しい満月を眺めながら、秋の収穫に感謝します。
- 2024年の十五夜は9月17日です。
- 十三夜:2024年10月15日(旧暦9月13日)
- 2024年の十三夜は10月15日です。
この日のお月見は「栗名月」「豆名月」とも呼ばれ、栗や豆の収穫を祝う意味があります。
十三夜は、日本独自の風習で、十五夜と並んで大切にされてきました。
どちらか一方だけをお月見することを「片見月」といい、縁起が悪いとされています。
- 2024年の十三夜は10月15日です。
- 十日夜(とおかんや):2024年11月10日(旧暦10月10日)
- 2024年の十日夜は11月10日です。
この日は稲刈りが終わり、田の神様を見送る行事が行われます。
特に東日本では、「かかしあげ」や「わら鉄砲」といった風習があり、農作物を守るための祈りが込められています。
- 2024年の十日夜は11月10日です。
十五夜とお月見の違い
「十五夜」には実は二つの意味があるんです。
- **月の齢(よわい)**
旧暦では毎月1日が新月、15日が満月とされていました。
この日には貴族は宴会を開き、庶民は作物の収穫に感謝しました。
だから、「十五夜」は毎月15日の満月の夜を指す言葉だったんです。 - もう一つが、月見行事としての「十五夜」です。
こちらは旧暦の8月15日、つまり秋の真ん中にあたる日です。
秋の空は澄んでいて、月がとても美しく見えることから「中秋の名月」とも呼ばれます。
この日に月を見て楽しむ習慣が広まったため、「お月見」と呼ばれるようになりました。
満月じゃない十五夜もある?
十五夜=満月だと思っている方も多いかもしれませんが、実は十五夜の月が満月とは限らないんです。
なぜかというと、月が満ちるタイミングが年によって微妙に変わるからなんですね。
お月見で「月とうさぎ」の関係は?
「十五夜の月ではうさぎが餅つきをしている」という話、どこかで耳にしたことがある方も多いですよね。
これは昔から語り継がれてきた伝承で、月の影がうさぎに見えることから生まれたものなんです。
でも、実はこの話の背後には、ある仏教説話に基づいた伝説があるんですよ。
仏教説話から生まれた「月のうさぎ伝説」
昔々、うさぎ、キツネ、サルの三匹がいて、ある日、食べ物を乞う老人に出会いました。
三匹はそれぞれ食べ物を探して老人を助けようとしましたが、うさぎだけはどうしても食べ物を見つけることができませんでした。
そこで、うさぎは「私を食べてください」と火の中に飛び込んで、自分の身を老人に捧げました。
実はその老人は帝釈天という神様で、このうさぎの自己犠牲に心を打たれました。
そして、うさぎを月に蘇らせ、みんなの手本としたのです。
この物語が「月にはうさぎがいる」という伝説の由来とされています。
うさぎが餅をついている理由
では、なぜ「うさぎが餅をついている」と言われるようになったのでしょうか?これにはいくつかの説があります。
- 老人のために餅をついているという説
先述の仏教説話に関連して、うさぎが老人のために餅をついているとされるものです。 - 「望月(もちづき)」から「餅つき」へという説
日本では満月を「望月(もちづき)」と呼ぶことがあり、これが転じて「餅つき」になったというものです。
十五夜(お月見)には何をするの?
十五夜にお月見をするときには、ただ月を眺めるだけではなく、お供え物をして収穫に感謝する風習があります。
1. 月見団子
お月見の定番といえば月見団子。
丸い形は満月を表しており、十五夜の際に月見団子を15個供えるのが一般的です。
これには作物の収穫に感謝し、豊作を祈る意味が込められています。
地方によっては団子の数を12個や5個にすることもあります。
2. ススキ
ススキもお供え物としてよく使われます。
茎が空洞であるススキは、神様が宿る依代(よりしろ)とされており、稲穂の代わりに供えられることが多いです。
また、ススキは魔除けとしても用いられ、お月見が終わった後には庭や水田に立てる風習が残っています。
3. 秋の農産物
十五夜は「芋名月」とも呼ばれ、里芋や栗、枝豆などの秋の収穫物を供える風習があります。
これらの供え物を後で食べることで、健康や幸せを得ると信じられています。
このように、十五夜はただの「月を見るイベント」ではなく、深い伝統と意味を持つ行事なんです。
うさぎの伝説も、お月見の風習も、昔から大切にされてきた日本の文化ですよね。
「海外」に日本の「お月見」と似た風習は何がある?
中国の月餅と嫦娥(じょうが)の伝説
**月餅(げっぺい)**は、中国の伝統的なお菓子で、薄い皮に滑らかなあんが包まれたものです。
このお菓子は「中秋節」のお供え物として作られたのが始まりと言われています。
中秋節は、中国の四大伝統行事の一つで、秋の半ば、月が最も美しい時期に家族が集まって満月を楽しむ日です。
月餅はその丸い形から「家族の円満」を象徴しています。
地域によってはスイカや柿、ぶどうなどの丸い果物や、月餅に似た焼きパンを準備することもあります。
家族で月餅を放射状に切り分けて食べながら、一族の繁栄と幸福を願う習慣があります。
**嫦娥(じょうが)**の伝説もこの時期に関連しています。
昔、10の太陽が一度に空に現れたため、大地は灼熱地獄になりました。
そこで、弓の名手である羿(げい)が9つの太陽を射落とし、人々は平和に暮らせるようになりました。
羿は嫦娥という美しい娘を妻に迎え、幸せな生活を送りましたが、嫦娥が羿の持っていた不死の薬を飲んでしまい、月へ舞い上がってしまいました。
その日が8月15日だったため、羿は毎年この日に嫦娥を思い、彼女の好きだった果物などを供えて月を眺めるようになりました。
この伝説が広まり、「中秋節」として定着したと言われています。
韓国の秋夕(チュソク)
**秋夕(チュソク)**は、旧正月と並ぶ韓国の大切な名節です。
秋夕は旧暦の8月15日に行われ、家族が集まって先祖を敬い、秋の収穫に感謝する日です。
この日に欠かせないのが、ソンピョンというお餅です。
新米や穀物を使って作られたソンピョンを家族で食べながら、収穫を祝い、先祖に感謝の気持ちを表す習慣があります。
ベトナムのテト・チュン・トゥー
ベトナムでも中秋節は「テト・チュン・トゥー」と呼ばれ、旧暦の8月15日に行われます。
この日は月を愛でる日として、中国から伝わったものです。
ベトナムでは、特に子供たちが主役となり、おもちゃや提灯、仮面などが配られ、獅子舞やランタンが飾られる楽しいお祭りとなります。
多くの家族は庭に集まり、お茶やお菓子を楽しみながら、月を眺めたり、踊りや演奏を楽しんで過ごします。
現代のお月見の楽しみ方と過去のお月見との違いは?
お月見は、秋の夜長に美しい月を眺めながら、その年の収穫に感謝し、家族で穏やかな時間を過ごす日です。
昔からの風習に沿ってお供え物を用意し、月見団子を楽しむことが主な行事のひとつです。
では、具体的にどんなものを準備すれば良いのでしょうか?
ここではお供え物の意味や飾り方について、過去と現代の違いも交えてご紹介します。
過去と現代のお月見の違いって?
お月見って、昔から日本の秋を彩る大切な行事ですよね。
秋の夜長に美しい月を眺めながら、その年の収穫に感謝して、家族で穏やかな時間を過ごす日。
そんなお月見ですが、実は昔と今とでは少しずつ楽しみ方が変わってきています。
ここでは、過去のお月見と現代のお月見の違いをご紹介します。
昔のお月見:収穫への感謝がメイン
昔のお月見は、特に農作物の収穫に感謝する行事として重視されていたんです。
貴族や庶民がこぞって月を愛で、豊作を祈る行事として全国に広がっていきました。
特に農村では、家族総出で里芋をお供えして、収穫を祝うのが一般的だったんです。
里芋を掘り、水炊きにして月の前に供えてから、みんなでそれをいただくことで、月の神様に感謝するという、なんとも温かい時間だったんです。
現代のお月見:風物詩として楽しむ
一方、現代のお月見はというと、どちらかと言えば季節の風物詩として楽しむ傾向が強くなっています。
都市部では農作物に感謝する機会が少なくなっているので、昔のように大規模な収穫祭をすることは少なくなりました。
でも、家族で月見団子を食べたり、ススキを飾ったりして、秋の夜長を楽しむスタイルが定着しているんです。
どう違う?お供え物や風習の変化
1. 稲穂からススキに
昔はススキの代わりに稲穂を使っていたんですが、今ではススキが主流になっています。
ススキの鋭い切り口が邪気を遠ざけると信じられていることから、今でもススキを飾る習慣が続いています。
現代では、奇数本を飾ると良いとされていて、さらに秋の七草と一緒に飾ると、より季節感が増して素敵です。
2. 供えるより食べることがメインに
お月見といえば、やっぱり月見団子。昔は団子をお供えしてから家族でいただき、月の神様に感謝するのがメインでした。
でも今は、お供えするだけでなく、家族や友人と一緒に団子を楽しむことで、お月見の夜を満喫するスタイルが主流です。
団子自体も、昔は素朴なものでしたが、今ではおしゃれでかわいい団子も多くて、選ぶ楽しさもあるんです。
3. お供えとして置いていたものが飾りとして楽しむように
昔は「芋名月」とも呼ばれて、里芋をお供えするのが一般的でした。
今でもさつまいもや季節の野菜、果物をお供えする家庭もありますが、昔ほど厳格な形式にとらわれず、好きなものをお供えすることが増えています。
特にぶどうなどのつる植物を供えると、月との繋がりが強くなると言われているので、現代でも人気があります。
昔の風習を大切にしつつ、今風に楽しむ
昔のお月見は、収穫に感謝する厳かな行事でしたが、現代のお月見はもっと自由で楽しいものになっています。
昔ながらの風習を取り入れつつ、自分たちのライフスタイルに合ったお月見を楽しむことで、秋の夜を満喫してみてはいかがでしょうか?
家族や友人と一緒に、今の時代に合ったお月見の楽しみ方を見つけてくださいね。
お月見の意味や由来を知って更にお月見を楽しもう!:記事の「まとめ」
お月見の歴史や由来を知ると、いつものお月見がちょっぴり特別に感じられますよね。
今年はぜひ、家族みんなでその歴史に思いを馳せながら、お月様を眺めてみてください。
素敵なひとときが過ごせますように!
また、何か知りたいことがあれば、関連した記事もありますので、ぜひお気軽に立ち寄ってくださいね。
それでは、良いお月見を過ごしください!